hasu-footballのブログ

サッカー関連の記事多め。何かしら得ることのある内容にするつもりです。

芳根京子に命を救われた話

昨年10月の夜7時。
うつろな目をした僕は、つり革にぶら下がるようにしてJR東海道線に揺られていた。ガタガタと響く走行音がやけに遠くに聞こえる。
この日、僕は会社でやらかした。といっても仕事でミスをしたのではない。

「はぁ〜、もうこんなのありえな〜い。」

と声に出してしまったのだ。
思い描いていたのと違う会社でのキャリア、そんな会社を選んでしまった自分、見つからない今以上の転職先… 悩む日々に心を蝕まれていた。当時SNSで悪質な嫌がらせや誹謗中傷を受けていたことも手伝って、無意識のうちに喉から声が出ていた。前日に聴いたDAOKOの名曲「水星」の一節だった。

 

上司や先輩がハッとした顔で僕を見るのを、サッカーで鍛えた間接視野で捉えた。ああ、辛いときも笑顔で働いてきたけれど、今の一言で終わったな。これからは皆が自分を煙たがる。ヒソヒソ影で悪口を言う。人間関係の良さのおかげで辛うじて頑張ってこれたのに。もうダメだ。死のうかな。そんなことを思った。
今になって考えてみれば無茶苦茶だ。パッと発した一言でここまで自らを追い詰めるとは。「プライベートで彼女にふられた愚痴を…」とか、嘘でも言い訳はできるのに。どうかしている。
だが、当時の僕はそれほどまでに混乱していた。前後不覚。五里霧中。視界は灰色がかり、居場所も逃げ道もないような気がした。

 

精神的に追い込まれ、前もよく見えない状態で、フラフラと歩いた。駅の階段を機械的に上り、空いている列を死んだ魚の目で探し、そうして満員の東海道線に転がり込んだのだった。
遠くに聞こえる走行音。倒れそうになりながら、僕は突如として真っ黒い狂気に苛まれた。

いっそ飛び込んでしまおうか。この重さに押しつぶされれば確実に逝けそうだ。よし、そうしよう。思い立ったが吉日。


次の東京駅で降車することを決めた。東京駅のホームから丸の内のキラキラ光る夜景を見て、それから後続列車に飛び込むことにしたのだ。最後に脳裏に映る映像くらい、美しくしておきたい。

早く東京に着かないかな。僕は少しワクワクしていた。表情も明るかったと思う。これで楽になれるのだ。あ〜、楽しみ〜。


しかし、ここで本来の思考回路が「待った」をかけた。飛び込みは多くの人に迷惑をかける。人に迷惑をかけないよう生きてきた人生の集大成が、人に多大な迷惑をかけるものでいいのか?と。
言われてみればそうである。自分に最も相応しくない最期を当たり前のように想像していた。背筋が凍った。
だが、すぐに狂気がカムバックしてきた。「死んじまえばそんなの関係ないよ」「YOU、最後くらい思いっきり周りに迷惑かけチャイナ!」「もう気を遣うのには疲れただろうパトラッシュ」
狂気と正気のせめぎ合い。どちらが勝つかは神のみぞ知る。僕は第三者目線でジッと成り行きを見守っていた。もはや脳は回転していなかったと思う。
そうこうしているうちに、東京駅が近づいてきた。だが未だ勝敗は決していない。考えがまとまらず、焦る。心臓がバクバクする。息苦しさを感じ、思わず俯いていた顔を上げた。

 

その時だった。ちょうど車内ビジョンにNewDaysのCMが流れた。1人の若い女性が、駅でパンを配るCMだ。
女優の芳根京子だった。

彼女のことは以前から知っていた。知性と品格のある和風美人。演技力も高く、今時の若手女優には貴重な人材だ。各方面から絶賛された主演ドラマ「チャンネルはそのまま!」も記憶に新しい。
しかし、車内ビジョンに映った彼女は、そんな記憶の中の姿よりも格段に美しかった。庶民的な雰囲気漂う中、明るく笑顔でパンを配っている。ただそれだけなのに、1人だけ神秘的に輝いていた。その不可思議な現象に頭がクラクラし、もしや自分はあの世に来てしまったのでは?と錯覚した。

約30秒後、CMが終わると同時に僕は正気に戻った。だが、彼女の美しさは頭から離れなかった。ドラマ「TRICK」で若かりし日の仲間由紀恵を見た時のような衝撃だった。
そして疑問を感じた。なぜ自分は今まで、あの若手女優の美しさに気づかなかったのだろう。
それから、ふと思った。もしかしたら、自分は世界のほんの一部しか見ていないのではないかと。
瞬時にYou ain't seen nothing yet.というフレーズが頭に浮かんだ。「あなたはまだ何も見ていない」から転じた「本当に凄いのはここからだ」という意味のフレーズである。
世界の全てに絶望した気になっていたが、あんなにも素敵な女優をあっさりと見逃していた。この調子では、まだまだ見逃している素敵な世界がありそうだ。こりゃ、ここで死ぬわけにはいかないな。

 

その直後、電車が東京駅に到着した。「Tokyo!」の掛け声とともに、人々が「イェーイ!」と雄叫びをあげ…ることなくゾロゾロと降りていく。
だが、僕は降りなかった。飛び込み自殺を中止したのだ。永遠に。

 

彼女は人を救うためにCMに出演したのではない。企業のPRのためだ。しかし、それが偶然にも同年代の1人の男を救った。人生とは、不思議なものである。

さて、そうして命拾いした僕は、まだ生きている。会社は辞めたし未来もよく見えないが、生きている。
今も時々、芳根氏のSNSを見る。彼女はツイッター、インスタ、アメブロで、のほほんとした癒し系の日常を綴っている。最近は自粛の影響か、料理作りの投稿が多い。楽しそうな調理風景の写真をふんだんに載せながら、丁寧に調理過程を解説している。意外にも本格的で驚かされる。また、番宣が最小限に抑えられてるのも素敵だ。

 

きっと、存在が尊いとはこのことなのだろう。彼女はインスタライブでファン向けの企画を募集したりもんじゃ焼きを作って食べたりしているが、僕からしてみれば「存在してくれていればそれで幸せ」なのだ。それ以上、何も求めることはない。
もっとも、女優としてさらなる活躍を見せてくれれば最高に嬉しい。彼女には若さだけでなく知性と品格、そして確かな実力がある。すでに売れっ子だが、彼女のキャリアはまだまだこれからだと思う。You ain't seen nothing yet. とにかく、彼女には幸せになってほしい。

僕はこれからも、彼女に助けられた命で可能な限り生きるつもりだ。

そして、あのとき命を救ってくれた「べっぴんさん」を、陰ながら応援していく。

そう思えるだけの余裕が、今は僕にはある。